~忌野清志郎が描いた500枚の絵画~ (NHK再放送)
お正月休みのゆったりした時間を
年末に録っておいたものを見て過ごして想うこと。
・・・なんていったらいいのか。
新年早々の話題には、少し重いものになるかもです。
正直言うと、RCサクセションも、清志郎さんも
ごくごく一般的な音楽ファンとして見て、聞いていただけで
実はそんなに知ってる訳ではないので
少し躊躇しつつ、書き始めています。
人は、何を持って産まれて、何を発しながら生きていくんだろう。
そんな事を、今、思っています。
それから
人は、人と関わって、何かを感じ変わっていくのではないかと。
清志郎さんが、大好きな先生に出会った高校生の頃
‘音楽’か‘画家’に自分の生き方を求めたこと。
この年頃は誰しも‘人生’や‘将来’について思い悩む時期でもあり
そういう意味では、清志郎さんにとっての‘先生’との出会いは
誰にでもよくある出会いなのだろうけど
真っ直ぐに‘本質’を突き詰めていく素直な心が
ご自身の‘生き方’を決定付けたんだな・・・と。
その後、清志郎さんを世に送り出し、評価されるべきものは
音楽だった訳だけど
もしかしたら画家として出ていたとしたら・・・?
なんて、ちょっと考えたりもするけれど、あの時代(たぶん今でも)、絵画より音楽の方が人の心に響きやすいってこと、神様が分かっててそうしたのかもしれませんね。
清志郎さんに出会って何かを感じる人のために。
そう言えば、やっぱり
トータス松本って、清志郎さんに似通ってますよね。
‘絵描き’なところ、歌詞の真っ直ぐさ、歌の表現力というか力。
持って産まれたものを信じて突き進むことをあきらめない人が
輝いて、私を惹きつけているんだな・・・って
なんとなく納得しつつ
私がそんな事を考えるようになったきっかけも
やっぱり人であったり音楽であったり何かしらの出来事であったり
様々な出会いなんですよね。
‘寝言’さん、きっかけを下さってありがとうございます。
「出会い」っていうのは、人にしろ音楽にしろ
直接会うこと、触れることだけでなく
巡り会ったことに気付くことなんだな、ってふと思ったりしつつ
巡り会う偶然や不思議に感謝したいと思います。
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